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袖浜明神崎の「恋人岬」

 南三陸町志津川の袖浜の突端に、景観の素晴らしい岬がある。以前は町が管理し整備していたが、忘れ去られていた。今回「南三陸町KOIBITOMISAKI」として整備され、7月27日にオープン式典が開かれた。太平洋から登る「日の出」は、恋人たちの出逢い・船出の場にピッタリの場所です。
 この新たな名所整備には、震災から南三陸町のボランティア活動を続けている方が、埼玉県の団体との橋渡しをし「恋人岬」の完成にたどりついた。2015年9月から2年以上を掛けての事だった。
 ボランティア代表の阿部さんは全国からのボランティアに声を掛け総勢700名が集まり、素晴らしい恋人たちの場とした。支援団体の代表は「幸せの鐘」を造りカップルがつながりの絆を結び、今度はその子供たちが新しい恋人を連れて来る事により未来への希望が込められている。「未来の子供たちの為、日本の未来の為」にと語る。
 地主の1人明神崎荘の佐々木さんは、多くの人達が南三陸町に来てくれる事で、町の復興と発展を期待したいと話す。「北の恋人岬」は団体により、登録商標をすでに済ませている

志津川地区の新井田川に3本の橋が開通した

沼田地区の東浜団地が入口となり、高台横断道路が新井田中央区までの道路が開通した。
 
 旧役場庁舎の裏側に入口があり、右の高台には災害復興住宅が見える。出口は丸平木材さんの脇を
通り、ホームセンター「ダイユーエイト」側につながっている。
 
 志津川市街地の本浜町から大森への橋「大森橋」が整備された。左には東山公園があり、右には
水産工業団地が見られる。


歌津地区伊里前の国道45号線の工事にあたりう回路が完成した

歌津地区の伊里前川には河川堤防が建設中で、旧歌津大橋の被災道路を利用し、水門があった場所に仮設の橋が整備され、「ハマーレ歌津」への来場も行きやすくなった。

南三陸町初のフラップゲート

 5月15日に、戸倉寺浜地区に整備される津波防災システム「フラップゲート」の、建設整備会社の説明と試験稼働が行われた。
 寺浜漁港のある地区は、戸倉半島の先端に位置し、小さな入り江には集落が点在し、海岸の家々のほとんどが流失し、漁港も大きな被害を受けた。漁港は震災復旧も終わり、昔よりも作業のし易いように整備された。
 この地区における津波防災システムとして、漁港は入り江にあり、防潮堤の役目をするのは入り江の崖のように感じる。地区に2カ所の海岸への出入りがあり、一か所の通路に「フラップゲート」を整備した。車の通行がある道路に、幅4mと高さ1mの津波防御壁の施設、海抜7mの場所に1mの防水壁となる。普段は海の作業の通行道路を、津波襲来時には、津波の水の力で、防潮壁が起立する。
 今回の大震災で津波監視の消防団員2名が、津波の犠牲になり、その検証の元で、無人での津波の被害の減災を、この設備でカバーする事になる。
 津波は100年に一度と言う「L1」の規模に対する、津波防災システムで、漁港の背後地に広がる農地と家々を津波から守る。
 
 宮城県の自治体で初めての津波防災のシステム「フラップゲート」の稼働試験が15日(テレビ報道より)に南三陸町戸倉地区で開催された。
 南三陸町では防潮堤の建設場所19カ所の内、13カ所に24基が整備される。工事や規模の大小もあるが一基当たり1億数千万円もする。開発会社は山梨県の会社で、西日本の各地に30カ所も既に整備建設がされている。対応年数は50年で、定期検査やパッキンの交換など、維持費は今後も係る事となる。
三陸沿岸の漁港を守り、地域の水産業の再建には、津波防災対策は絶対不可欠であり、「命を守る対策」は被災自地位の対応として欠かせない。

南三陸町産業フェア

 2017南三陸町産業フェアが11月4日(土)にベイサイドアリーナ特設会場で9時から14時まで開催された。
 11時のイベントでは「小牛田農林高校」の吹奏楽と肥育牛の紹介に、会場が興奮の渦に一体となった。高校生の生き生きとした活動は、会場に集まった皆さんに元気を届けてくれた。
 12時からの「模擬上棟式」では餅まきがあり、建て前の祝い唄に引き続き、町長、実行委員長による餅・お菓子の餅ふる舞いは大盛況となった。

「グランドゴルフを楽しむ」

津川東団地東工区では、災害公営住宅のA・B棟の合い間のスペースで、高齢者が「グランドゴルフ」を楽しんでいた。しばらくぶりの晴天の下青い芝生で気持ち良さそうにボールを追う音は、復興の足音にも聞こえてくるようだ。
  
  

「水田の復興は7年目の田んぼアート」

 今年の日照不足と台風の影響か、赤米の色付きが悪いのか、アートがなかなか見えにくかった。南三陸町志津川地区の「田んぼアート」は中瀬町の志津川高校下の、大雄寺墓地に向かう途中にあった。震災前は家々の隙間に田んぼがあったと記憶する。気仙沼線がその後ろを走り、また裏には駅前商店街があった。
 「田んぼアート」はタコだろうか?これも復興観光の一端だろ。6年半で初めてこの場所で稲作を行った。日照もあるが中瀬町の圃場した田んぼは、収穫の大部分が牛の飼料用だとも聞いた。
町が復興しているとのアピールの一つとしての事業であり、コンバインも町の補助を受けた。来年は是非成功して欲しいと願う。
  
  

林地区にも「海の見える命の森」発見

また一つ、そしてまた一つと、震災の記録を残す場所を見つけた。300段とも言う階段を登るとその場所にたどり着く。近々その場から、大震災時には荒島との間の海が引き潮で無くなったと言う、「海の見える命の森」から現在の風景を紹介したい。
  


  

「気仙沼港のさんま直送は新鮮!」

 気仙沼市の「海の市」でのさんま祭りが中止となり、「目黒のさんま祭り」がさんまの調達が出来ないからと、冷凍さんまを使用して開催したが、集まった皆さんは「美味しい!」と話し、気仙沼市民の活動に感謝の言葉が届いた。
 気仙沼港のさんま水揚げは、この時期なら当然の漁港風景ながら、「今日は入ったが明日は判らない」と言う。志津川の「さかなのみうら」さんでは、大が一匹250円で、小が150円だった。りっぱで安い!
 今後のさんま水揚については、さんま加工会社、関連会社ともに水揚げ不振に頭を痛めている。(9月中旬)
 


  

「BRT バスの走行案内」

病院と町のケアセンターの間の、テレビモニターから「バスが到着します!」とお知らせが鳴る。アリーナ前のバス停は、病院前に移転した。しかし、高速バス輸送シカテムには乗る人の姿は時間により今もまばらだ。上りは登米市柳津まで、下りは気仙沼市まで、多くの町民の利用者は時間によって大きく変わる。今後、さんさん商店街内に「バスターミナル」が完成すれば、利用客が増加するだろうが、志津川市街地形成が今以上進めば昔のような賑わいが戻るかもしれない。
 
  

「国道45 号の通行止めで遠回りのう回路」

 志津川地区の国道は台風18号の影響でまた通行止めとなった。それでなくても復興工事の為に道路が次々と町中のルートが変わる。旧南三陸警察署の前の道路に当たる写真の場所は、震災後もたびたび大雨時には通行止めになった。水尻川の排水量を超えると道路に雨水が逆流する。現在写真の右側に「新国道45号」が10m 近い嵩上げ工事が進む。今年度で完成するという。八幡川に架かる橋の完成で、南三陸町志津川市街も整備が一気に進む事となる。


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千葉賢一作品集「遺稿集発刊に寄せて」



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