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南三陸の出来事

サンオーレ海水浴場

 7月14日午前9時から、南三陸町・観光協会・海の家などの関係者約40名で、期間中の「安全祈願祭」を行なった。
 この日はガスが掛かっていたものの、30度を超える気温に子供たちが嬉しい声を響かせ、南三陸町志津川の人工海水浴場に浸かっていた。
 佐藤町長の「サンオーレ海開きです!」の挨拶でスタートし、待ち切れない子供たちは、すでに海辺で水に親しんでいた。
7月22日は南三陸町のサンオーレは夏本番! 
目視で日曜日来場者約2000人以上の人出となり、今週も一週間好天の予想で、家族で海に親しむ姿は微笑ましい。砂浜にカラフルなテントが並び、子供達は今年初めて
の海に、大喜びで歓声が海水浴場に広がった。この日も「サンオーレそではま」の駐車場は満杯だった。
 「海の家」にも行列ができ、昨年の分まで今年の売り上げとなる事を願いたい。トイレにも行列ができていた。水道で身体を洗う子供達も多く、もう少し設備を広くと感じた。昨年のオープンで4万人の来場者予想も、冷夏のために半分にも届かなかった。
 今年は8月19日現在で6万人を超え、8月26日までの期間で過去最多の入り込みになった。

大阪府和泉市のマスクマン来町

 大阪府和泉市のスペル・デルフィン(脇田洋人氏)が、是非被災地の復興状況と、そして南三陸町の防災庁舎の現在の姿の、「語り部をお願いしたい。」との事だったが、午後5時では難しく私が国道45号の汐見橋から防災庁舎の工事現場の説明をした。その後、さんさん商店街で「ウニ丼」を食し、佐良スタジオさんの大きな被災後のポスターを使い、東日本大震災の津波の襲来と町民の避難状況の説明をした。

震災後志津川湾「牡蠣・ほやまつり」でほや生産者の支援!

 5月27日(日)志津川仮設市場特設会場で、第79回を迎える「福興市」が開催された。
 殻付蒸し牡蠣が3個500円と、ほや詰め放題500円に多くの来場者があり、9時から開始にもかかわらず、終了13時30分の1時間前には売り切れの大盛況だった。

南三陸町民の地域支えあいモール落成式

 志津川地区の東団地西工区の一角に、高齢者生活支援施設が落成し、午前10時から式典が開催され、周辺の災害公営住宅に暮らす、高齢者が自分達の活動する場、また、志津川デイサービスセンター施設の利用者として、施設の開設にあたり、そのお祝いを見守った。
 国交省とUR都市機構、南三陸町と社会福祉協会との施設内容について協議のうえ、委託団体のジオ・プランニング代表の塩路さんは、この施設の名称は『地域ささえあいモール』と紹介し、「南三陸町のカラーにしていく」と話す。高齢者支援活動だけではなく、住民の「婚活パーティーの場」としての活用もしていくと挨拶で述べた。「地域の誰もに愛される場所となるように!」と最後を締めくくった。
(仮称)地域ささえあいモールは、「結(ゆい)の里」として4月にオープンし、えんがわカフェ等を設けた「デイサービスセンターしづがわ」として、地域の「繋(つながり)」を創造していく。





「9月10日新庁舎見学会」

 新庁舎見学会が午前11時からとあり、午前11時30分時点で「100名」を超える町民が見学に訪れ、2時までの間にどれだけの人達が、見学に来てくれるだろう。
 知人の役場職員の案内で、2階の町長室と副町長室の応接室を見て、町長のイスの感触を味わった。執務机や応接のイスには南三陸産材が使われていますと説明を受けた。3階は町議会の議場と議長室があり、議会議場は地元材が豊富に活用され「三陸スギ」の匂いが感じられた。町の将来を担う男の子が議長席に座り、お母さんが記念写真を撮っていた。
 時期尚早と議会での議論もある中で、町民のために本庁舎がどれだけの役目を担うかをみつめていきたい。

戸倉地区の二つの慰霊碑建立に亡き人々を偲んで合掌

 平成29年7月30日に南三陸町戸倉西戸地区に「東日本大震災犠牲者の鎮魂と追悼復興祈念碑」が建立され、遺族など約60人が出席して津波の犠牲となった49人の名前が刻まれた石碑の除幕式が行われた。西戸地区では8割にあたる75世帯が被災したが、多くの地区民が他の地区に移転した。
 西戸地区の鎮魂と追悼復興祈念碑には津波の教訓が『天地が揺れたらより高い所へ(逃げること)』と記されてある。
 西戸祈念碑の記述より(要約)平成23年3月11日の「東日本大震災」地震発生から40分後に西戸地区に大津波が襲来した。その津波は7mの高さに達した。西戸上・下区は85 世帯があり260人ほどの人々が生活していた。犠牲者は49名、家全壊74世帯となり、西戸生活改善センター(公民館)も全てが流出した。
西戸地区の中心地に西戸契約講所有地があり、犠牲者の鎮魂と追悼の場として、「震災復興祈念公園」を造成した。ご遺族各位と地域住民・他の地に移転した方々と共に、慰霊と交流の場としたい。
平成29年7月30日建立
西戸行政区・西戸契約講
西戸地区公民館・西戸川資源保存会 (碑文より)

 戸倉地区門内の慈眼寺さんの敷地に慰霊碑が平成28年8月に建立され、大地震を後世に伝えている。
 慈眼寺さんの護寺会の檀家の90 名が津波の犠牲となり、その方々の地区と名前が全て石碑に刻まれている。長く鎮魂の想いを地区民・護寺会会員がひきついでいく。

「東日本大震災慰霊碑」には、護寺会で犠牲となられた方々の御芳名を刻み、御霊を慰むると共に後世へこの未曾有の出来事を伝えるために、ここに慰霊碑を建立する。と、記されてあった。
平成28年8月
圓通山慈眼寺 住職 真光泰淳
護寺会会長 村岡賢一 役員一同

 南三陸町内の大震災後に建立された「慰霊碑」には、歌津地区の「鎮魂の森」には歌津地区で犠牲となられた119名の名前が刻まれている。館浜の「津龍院」さんにも、護寺会檀信徒の犠牲者名が刻まれた慰霊碑が寺の敷地に建立されている。志津川地区の細浦の徳性寺さんにも、檀家で津波の犠牲になった方々が石碑に刻まれている。松本石屋の社長さんが、大震災の記憶を後世に伝えたいと町内のお寺さんに寄贈した。
 南三陸町の津波犠牲者は、30年度に完成予定の防災庁舎跡地周辺への「復興祈念公園」の整備建設が現在進み、町民の犠牲者の名簿を築山のモニュメント内に納める事で、津波犠牲者の鎮魂と追悼、そして大震災の記憶を後世に残すそんな計画を町は進めている。

町民待望のウジエ開店!

 震災直後からウジエスーパーは、町民の買い物の場の確保実現に奔走し、7年目にして
やっと完成の運びとなった。25 年には南三陸町(志津川・歌津・入谷・戸倉)の町民有志が、「早期ウジエ開店」への嘆願書を同社幹部に2500名を超える署名簿を手渡した。町への出店要望を嘆願書を添え町に提出するも、浸水域や道路などの市街地整備にあたり、ウジエスーパーの出店は叶わず、ウジエは「買い物バス」を町内に走らせ、南三陸町民への生鮮食料品の販売支援を行なってきた。
 あれから、7年目を迎えた7月に、アップルタウンに「薬王堂」のオープン、ホームセンター「ダイユーエイト」の開店に続き、7月20 日町民待望のウジエスーパーがオープンを迎えた。志津川市街地の中央団地向かいの国道45 号線沿いに、巨大なショッピングタウンが完成し、毎日のように駐車場は多くの車の、買い物客で賑わっている。今後は東団地の、北工区から、西工区からの道路も整備され、巡回バスも停まるなど町民が安心して新鮮食材の買い物ができる。
 

南三陸町サンオーレそではま海開き!

2017年7月15日オープン
 南三陸町志津川の人工海水浴場「サンオーレそではま」が、7月15日の「海開き」にさきがけ、町・観光協会の関係者が安全祈願祭の神事を行った。
 「サンオーレそではま」は1999年7月に完成し、人口海水浴場として安全を考慮した波が穏やかな施設として、被災前のシーズンには4万人の来場者を迎えていた。そして今回震災から7年目を迎えての、県の復旧工事が完了し、事業費を約15億円を投じ、2016年の5月から復旧工事を始め、海開きとなった。15日には、約1000人の親子連れなどで大いに賑わった。
 オープン前日の14日には南三陸町と南三陸町観光協会が海水浴場の清掃をし、15日スタートの海の安全を確保した。また、海水浴場の安全は志津川漁協青年部が、施設と海上から遊泳の安全監視などを行なう。海岸の砂は、県北や岩手南部の山砂を大量に運び、海水浴場を整備し、波で砂の流出を防ぐため、海底に石積の塊を設置した。
 翌日の16 日には、サンオーレで「南三陸ふっこう青年会」の主催の水風船「南三陸の陣」が開催され、町内や仙台から10 チームが参加し、親子のチームや若者たちが優勝を目指し、熱戦を繰り広げた。優勝は仙台市のチームで8月20 日の福島県いわき市で開催の全国大会に出場する。

歌津「しおかぜ球場」から「楽天イーグルス平成の森球場」へ

プロ(イースタン)のプレーに約2500 人の声援響く!
 6月18 日(日)の12 時から、2017イー
スターリーグ公式戦の楽天ゴールデンイーグル
スVS北海道日本ハムファイターズが、南三陸町平成の森球場で開催された。
 佐藤町長の歓迎挨拶では、「甲子園球場と同じ土と、コボパーク(楽天イーグルス)と同じ芝を使用した、楽天イーグルス平成の森球場のこけら落としの試合です。」と話した。改修工事を終え真新しい球場には、これまでの集客人員の最多となる2556人の観客を迎えたと、河北新報は報じていた。
 バックネット裏と1塁3塁の内野席は満杯となり、外野の芝生席も多勢の楽天ファンで埋めつくされた。緊迫した試合は前半・中半と日本ハムの2本のホームランで3点差を追う流れから、後半に追加点を取られ1点を返したものの「1?5」で楽天は敗れた。
 試合のセレモニーでは、南三陸のわかめが両
チームの選手に贈られた。国家斉唱では、「みきベイビィーさん」の歌声が球場に広がった。始球式では南三陸町少年野球クラブの佐々木君と、西宮副市長の投球に観客から盛大な
拍手が送られた。
 野球ファンは勿論、子供連れの家族や若いカップルが心地よい潮風の中でプロのプレー
に見入り、外野席では野球好きの家族が芝生に陣取り、声援を送る姿があった。ファールボールが飛ぶたびに、観客はそのボールを追っていた。ファールボールはプレゼントとあり、観客の楽しみでもあった。
 平成の森周辺は、試合を見に来た来町者の車でいっぱいとなり、シャトルバスが何回も球場を往復していた。「ハマーレ歌津」も、一部専用駐車場となり、多くの来町者で沸いた。楽天選手・スタッフは帰りに、さんさん商店街で買い物をしたり、来町者と握手して交流した。


三陸新報 戦後70年



千葉賢一作品集「遺稿集発刊に寄せて」



河北新報で千葉総合印刷取締役社長 千葉賢二郎 掲載される


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